聖観音菩薩開眼法要式

2017.11.28

北伸福祉会35周年・ケアハウスかがやき竣工記念式典の前に聖観音菩薩開眼法要式がありました。
前理事長であり、相談役である北本廣吉に尋ねてみた。

Q なぜ ケアハウスかがやきに聖観音菩薩の建立をしたのか。

A 戦後73年経過したが、当時は滅私奉公の考えのもと、親に孝行、天皇陛下のために名誉の戦死もいとわない覚悟で国家国民のため自ら戦った。

 天皇陛下が終戦を宣言し、戦争が終わったが、たくさんの人が犠牲になった。

 自分はシベリア抑留されたが生きて日本に帰国できた。神仏に感謝し、満州で亡くなった多くの日本人のため国が現地に作ったお墓のお参りを実現するために、存命中の満蒙開拓団の人たちに働きかけ、実現させることもできた。

 それからも、神社やお寺に事あるごとに寄付活動も行ってきた。神野町内の祥瑞寺(尼寺)を建立し、白山神社の本殿を作る時も寄付を行った。

 二塚の公民館横の田に埋めてあった戦没者の忠魂碑の再建をと声掛けしたが、反対者も多かったが、建立委員になり、町民を納得させ二塚公民館横に戦没者の忠魂碑を建立することができた。

 神野町の公民館に仏壇を寄付したとき、お参りしてくれた浄土真宗の住職に、町内24軒で持ち回りでの掃除やお参り当番制を決めたが「寄付された立派な仏壇をきちんとお世話して、くれぐれも仏さんをほっとくなよ」とのお説教も頂いた。

 昭和24年元旦に白山さんに初詣に行った時は、参道に10~20人位しかお参りする人が少なかったがその時から毎年欠かさず初詣も続けている。

 穴水に一隅庵を作ったとき、石仏をアメリカから輸送し南方の帰らぬ御霊のため建立した。その時、安田隆明様に文を作ってもらい石仏の横に石碑とした。

 穴水の朱鷺の苑に聖観音菩薩を初枝苑長と共に寄付し、その後金沢朱鷺の苑にも聖観音菩薩を寄附した。
 
 平和国家を作らなければいけない。「平和社会」の構築を祈願したのが福祉の始まりだった。
 
 現在、社会に男と女がいるが、女性が子供を産み、一生懸命働き子育てしてきた。それを聖観音菩薩の姿に重ねてみることができる。高齢者施設では女性が多く、その女性を大切にしなさいとの思いで今回の建立を決めた。

2017年11月30日

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